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「森の距離」

私は制作を通して、作品、絵画など芸術について考えているのですが、考えるときは、芸術そのものの中から考えることもあれば、一度作品の外に出て、別の形を借りてきて考える事も多いです。それがモチーフなのですが、ここ数年、私は森をモチーフにすることが多く、今回の展覧会でも主に森をモチーフにしたものを中心に据えていこうと考えています。私にとっての森の魅力の一つは植物によってくつくられるオールオーバーな視覚的な世界にあります。そして、もう一つはその一見オールオーバーな世界の内に底知れぬ生命の息吹と死など未知の世界を感じるからではないかと思います。
鬱蒼と茂る植物、絡み付く蔦、木々の隙間から差し込む光、遠くで聞こえる鳥の鳴声、どこかに潜む動物、ザワザワと動く昆虫、フカフカの足の感触とその下にいる微生物…。
森の中にいることをふと想像して、私はこのような生命の旺盛な活動のサインをたくさん受け取っていることを思い浮かべます。しかし、そのサインは森のどこから発せられているのか定かではありません。見えない場所からの膨大で旺盛な生命のサインは、同時に自然を前にして小さい存在の自分の身に対する危険サインのようにも感じられます。
我々は日々をフラットな世界で生活し、生や死といったことを日常的に感じることはあまりありませんが、もし手つかずの森の真ん中に何も持たずに放り出されたなら、自分自身も自然の循環の一部として、生や死などをダイレクトに感じることになるでしょう。今までに経験したことのないようなことや、自分自身の五感をすべてフル稼働させてもとらえきれないような状態は、不安な気持ちにさせられるのですが、ある側面では未知のものに対する希望のような魅力もあります。
 森の中では目の前のものや自分取り囲む物との距離、葉っぱ一枚とってもどの木から生えているのか判断するのも難しく、まして、森全体を簡単に一挙には捉えきれないと思うのですが、そういった中に私は身を投じて一つ一つ丁寧に見つめていきたいと思っています。しかし、一方で私はわがままにも、そういったことをしているところを眺める視点も持ちたいとも思っています。対象の中からの距離と外からの距離、その両方を測ることで自分のしていることの実態がつかめるようになるのではないか、私はそんな仮説のもと今回の展覧会タイトルを「森の距離」としました。