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文献

山田純嗣展 出品作品について

モネの睡蓮(西美バージョン)について
モネで注目するのは、初期から晩年にかけて徐々に量感のないものをモチーフにしていっていることです。ルーアン大聖堂で見出した垂直方向の構成を、ポプラ並木の作品でよりシンプルにしていったこと。そして、睡蓮では、睡蓮が遠方(画面上方)に向かうに従って徐々に細くなり水平方向のストロークに変化していく構成と、水面に映り込む庭の木々の垂直方向の構成が組み合わされて、対象を写実的に写すということから、より平面としての画面構成の意識が高くなっているように感じます。特に西美の睡蓮は習作のような作品なので、モネがどういう意識で睡蓮に臨んでいたのかが伝わってきます。ただし、セザンヌに「素晴らしい目」と言われただけに、やはりものを見ることからは離れてなくて、西美の睡蓮のような荒いタッチのものでも立体で再現してみると、一筆描きの部分でもちょうどいい大きさの睡蓮になることが驚きでした。水面の鏡の効果もうまく使い、現実の世界から水平垂直の構成を見つけることをしているのが興味深く、後にモンドリアンが風景から抽象化していくことに先行しているなとも思いました。
睡蓮制作工程

福田平八郎《漣》について
福田の漣は地にプラチナ箔を使っているところが、水面に水平面としての実体や抵抗を感じさせない空間の浮遊感を出していて、モネの睡蓮の池の鏡面効果と共通していると感じます。ただ、《漣》に関しては、モネの《睡蓮》のような線遠近法的な正確さはあまり感じられず、モネが縦方向のストロークで画面の垂直性を出していたのに対し、群青の漣が画面上方にいってもあまり小さくならない、つまり見下ろすような視点から見て描いた、もしくはあえて上方(遠方)を大きく描いて、画面の垂直性、平面性を表現しているように感じられます。

ポロックについて
純粋な抽象の作品を立体化するとどうなるかという思いで作りました。抽象表現主義などの作品では無時間性ということが重視されていましたが、ポロックの作品は、よく見ていくとどの絵の具がどの絵の具の上に重なっているかということが気になり始め、立体化すると特に時間性が発生します。そこで思い出すのがやはりモネで、モネも光の移ろいの一瞬を捉えようとしたという点では無時間性に挑んだと言えますが、たとえば《印象日の出》という一瞬を捉えたような作品であっても、水面に映る太陽の光を描いたときと、その上に昇っている太陽を描いたときでは時差が生じてしまうという、無時間性の不可能さについて考えてしまいます。
今回モネと併置して展示しました。ポロックはモネからは影響は受けていませんが、ポロックが評価されたことによって、モネが再評価されたということにも注目しました。

日月山水図について
日月山水図の立体を作ってみてわかったのは、木々や波頭を作る前にベースの山や波の盛り上がりを作ったのですが、画面全体が大小の波線で構成されているということや、山や雲を合わせた全体の形は、水面部分に描かれている波の形のフラクタルな反復になっていること。雪舟もそうですが、日本(東洋)の絵画が筆の勢いを優先して作られていることを感じます。また、三遠にピタリとあてはまるものではありませんが、山は真横から、水面は見下ろした視点から描かれているので、ひとつのカメラで一度に撮影する為には立体の方に2つの角度をつけざるを得ず、非現実的なものになりました。
この作品については、ひとつの画面でありながら横方向に時間が変化していっていることも興味深いです。線遠近法的に画面の奥に視線が進んでいくのではなく、横方向に視線が進みつつ、屏風のジグザクと画面構成のウェーブにも視線が誘導され、右隻、左隻に画面が分かれることで、視線が往還することも、線遠近法的に一方向に視線が行きっぱなし、もしくは主体、客体の関係が明確に示されることとは違い興味深い点です。

秋冬山水図について
秋景と冬景で印象が違いますが、僕は同じ場所を描いたものだと考えます。秋景は遠くから全体を眺めた風景、冬景は、秋景の左1/3をカットし、中央下部に小さく描かれた道を行く旅人の位置から見て三遠で描かれた風景と考えました。この2点で大きく印象が違うのは、冬景の右上方に描かれた食い込んだ岩壁ですが、これは秋景の右上方に小さく描かれた細長い岩山ではないかと思います。秋景にも冬景と同様に道が描かれていますが、そこに立って周りを見渡したと想定すると、秋景の道の左右にある岩は、冬景のように大きくなり視界を遮ります。そして右の岩山越しに小さめに見える木は、秋景の右の山頂にある木でしょう。道を進んでいく過程で、秋景では遠くに見えていた岩山が近くに迫って見えてきているという情景ではないでしょうか。楼閣の屋根の向きがねじれてしまっていますが、そこは、冬景の岩壁同様、雪舟特有の心情を優先して勢い余ってしまったところと判断します。そんなことを考えたので、実際立体を作った際に、秋景の道の位置に携帯カメラを置いてみて撮影してみました。もちろんまんま冬景のようにはなりませんが、冬景の道の左右に迫る岩山の感じは出ました。
秋冬山水解説1
秋冬山水解説2

快楽の園について
《快楽の園》は線遠近法から少し外れた点でも注目しています。レオナルドによって理論化され一般化した、ひとつの画面にひとつの時間、空間、主題が絞られるようにした「三一致の法則」がありますが、ボッシュやブリューゲルなどは地域や時代の多少の差のせいもありますが、これにあてはまりません。ひとつの画面に様々な場面が描かれ、全体を一挙に把握するというよりも、ひとつひとつの細部を見ていくことが楽しい作品であり、ひとつの場面を眺めていると、他の場面は視界に入らず、結果として各部分ごとに見ることになり、見ることに時間が掛かります。なんだか、線遠近法から外れ、均等に描き込まれた画面に時間が発生するというところは、日本の絵画で言えば、岩佐又兵衛の舟木本洛中洛外図の細部を楽しみながら見ることにも似ています。